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ひっそり鰓呼吸

無軌道で無計画な徒然日記

後悔と忘却の彼方

後悔は人生につきものだ。あの時にあゝ云っていればもしかしたら……。あの時どうしてあの選択をしてしまったのか……。あの時の決断がもし逆だったら今よりもっと素晴らしい未来が待っていたのか……。

  後悔とはつまり、過去の自分への責任転嫁だ。決して実行出来ない可能性への希望を、人は持ち続けてしまうものなのだ。

忘却しかない

対抗策はただ一つしかない事も判っている。忘れる事だ。人は忘れる事が出来るから、文化的で発展的な存在でい続けられると思う。いい加減さは強烈な価値である。いい加減になんとなく調整出来るからこそ、予想外の結果に期待が持てる。

 忘れる事で心の平穏を保てるのならどんどん忘れればいいと思っている。後悔を抱えるのが嫌いなのだ。

 解法が残されているなら(いや残されているかもしれないと云うレベルでもいいが)可能性があるならやり直しの方法や作戦を練る事に意味を見出せるが、どうしようもない事案についてくよくよする時間は、ただただ無駄でしかないと思う。

面倒臭がり屋

僕は特に前向きだとかポジティヴ・シンキングを信条にしているだとか云う訳ではない。無駄な事を出来るだけしなくない、ただ単なる面倒臭がり屋だ。高い効率化を目指したいのではなく、面倒なのだ。

 面倒臭い事が大っ嫌いなのだ。

 結果的に意味のある事だけにのみ、自分の時間を使いたいと願っている。説に願っている。だから、意味のない振り返りや自分にフィードバックされない過去の記憶を覚えておくのは大嫌いだ。

 だから僕は後悔をしない。自己防衛本能的に回避しているのかもしれない。後悔する事が嫌いだ。過去の自分の選択を責める事を絶対にしない。あの時はあの時の気持ちで選択したのだ。その自分を信じようと思う。

 もしその事が原因で、今何か困難に見舞われているとしても、それは既に起こってしまったのだから、今からの作戦を考えるために脳味噌を使おう。

 面倒臭がり屋は後悔しないのだ。■■