ひっそり鰓呼吸

無軌道で無計画な徒然日記

無能な働き者は本当に銃殺刑にした方が良いのか?

ゼークトを知っているか。

 とある国の軍人だ。僕が知っているくらいだから、さぞ有名な人物なんだろうと思う。彼の言葉に、こんな表現がある。

 無能な働き者は銃殺刑にするしかない。と。

 ハンス・フォン・ゼークト - Wikipedia

 無自覚に無能な働き者は、良かれと思って勝手に動きどんどん問題を引き起こすので、放っておくだけで被害がどんどん拡大する為、集団にそのような人物がいた際は銃殺刑に処すべきだと云う意味。

 この言葉は実に端的に組織コントロールのコツを表現していて、なかなか気に入っている。

 しかしこの言葉、どれ程真実なのだろうか。

重要なのは誰が発言するか

軍隊で云えば、士官クラスの人間にとってこの言葉は意味を持つ。自分の采配がある程度の影響力を持っており、裁量権もあろうからだ。

 複数人の行動をコントロールする事が求められているなら、それが3人でも300人でもゼークトの言葉は胸と膝を打つ。

 しかし、当たり前の話だが、最も数が多いのは下っ端の兵士なのである。管理される側の人間よりも管理する側の人間が多い、なんて事はあり得ないのだ。そして、他人をコントロールする必要性が発生しない下っ端兵士にとってはゼークトの言葉など殆ど意味を持たない。

 自分がどの部隊に配属されるのか、どんな武器を与えられるのか、戦地は何処なのか、作戦の目標は何なのか、ナドナド、生き残る為に考えるコト以上に重要な事などないのだ。

 これは何も軍隊に限った話では勿論ない。会社組織にも当てはまるのだ。多くの会社で最も人数が多いのは下級社員である。一番数が少ないのは役員だろう。下級社員は自分のタスクをいかに減らすか、給与はいついくら上がるのか、上司に気に入られているのか、などなど気にしなくてはならない事が日々満載だ。

 ゼークトの云っているような事などどうでもいいのである。

 最大多数の人間が考えている事、考えていない事、はどう云う意味を持つのかと云えば、それは最大公約数的回答だ。数的優位に立った時点でそれはもはやスタンダードの可能性を獲得済である。

 あとは。

 最大多数の下級兵士、下級社員達がその事に気が付くか否か、だけである。その事に気が付いていない間は事実として数的優位に立っているだけで機能はしないのだ。

最後に

あなたが管理者なら、無能な働き者を徹底的に銃殺刑にしていくといい。あなたが下級社員なら、銃殺刑にされないように怠け者になるか、万が一の可能性にかけて無謀な努力をしてみるしかない。■■