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ひっそり鰓呼吸

無軌道で無計画な徒然日記

「分岐点を提示し合うだけ会議」に生産性はない、というか未来はないノ-フューチャー

分岐点を提示し合うだけの会議に生産性はない。皆無。むしろマイナス。もうね、こう云う会議ってほんっと多くてげんなり。うんざり。どんしゃり。

 「要はココを最終的にどうするか、って事なんだ」

 「あとは、ソコをAにするかBにするかだけだ」

 「AはこんなデメリットがあるしBもこんなデメリットがあるし」

 こう云うセリフを云いたい気持ちも判らなくはないが、いややっぱり判らない。上席の人間程このテのセリフを好む傾向があるように感じるがどう?そんな時僕は心の中でいつもこうつぶやいているのだ。

 「で?」

 分岐点を声を大にして発表する事が全くの無意味だと云いたいのではない。それはソレで意味がある。がしかし、その次に決定と云うプロセスを前提にしている場合に限り、だ。決定を目的としない会議自体が存在意味不明だが、実は本当にあるんですよコレがああああああ。

 みんなアレだ、決定したくない病だ。誰かが決定してくれるのを唯ぼんやりと待っているか弱き子羊だ。じゃあ、何かを決めると物凄く歓迎されるかと云うと必ずしもそうではなく、決定に対しては文句や抗議を平気でふっかけてくれたりして。

 でもまあ、そんな輩にイチイチ切れるような事も、この歳になるともう無いワケ。結果的にだけど、より効率的な進行や決定プロセスは総ての人にとって幸福に繋がるケースが多いっつー事を知っているから、粛々とやるべき事をやる。怒りを感じる事さえもったいない。そんな元気があったら起業でもしなさい。

 そんなやりとりに発展性を感じない僕です。でも望まれたらやるけどね。仕事だったらね。■■