ひっそり鰓呼吸

無軌道で無計画な徒然日記

コミュ障である事に無自覚で自信過剰な職人は絶滅したらいいのに

エンタメの業界に身を置いていると時々遭遇するものである。コミュ障の匠、と云うやつに。年功序列型組織の名残がまだまだ根強い日本の企業風土において、このコミュ障の匠がもたらす弊害のなんと多い事よ。

新しさに対する抵抗感

匠と呼ばれるだけあって、業界歴は長かったりするのでそれなりに経験値を積み上げている。それが故に、自らの考え方に間違いが潜んでいる可能性に目を向けようとしない。また自分の若かった頃の教育を完全に信じ切っているので、新たな方法論や手法に対して否定的だったりする。

 新しい事やるよりコッチの方が速いんだよ。

 そらそうかもしれん、お前独りだけで作業するんだったらな。「環境は時代と共に移り変わっていくものだ」と云う事くらいは理解しているので、体制に立ち向かう事になりそうな自己主張は見事にスポイルし保身出来ているのも、コミュ障の匠が持つ特徴だ。

云わなくても判る、が大好きとか

コミュ障である事を無自覚なので、自分の云いたい事はことごとく相手に伝わっている、と感じているのも共通する特徴の一つだ。あまつさえ「云わなくても判ってるよなお前」的な高圧的思想を持っていたりするから困ったものである。

 云わなきゃわからんのか?

 はい、わかりまてん。コミュ障の匠は、以心伝心、阿吽の呼吸、に対して異常な信仰心を持っている事が多い。長年連れ添った奥方ならまだしも、仕事でしか接していない世代の違う同僚に対してソレを求めるのは、あまりに図々しいと云うものだ。住み込みの弟子を抱えて生活面も面倒見ているとかだったら、ソレを求めてもまぁ許そう。それだけの責任を果たしていると云えるからだ。そうでないなら、求め過ぎだ。諦めてくれ。

根性が総てを解決すると云う誤解

根性が解決する事案も確かにたくさんある。なんだったら最後は根性で乗り切ったと云う経験は自分にもたくさんある。もうむっちゃくちゃある。でも根性が総てを解決するとは一度も思った事はない。出来たら、根性を使わなくても完遂出来る仕事をしたい。そもそも、プロフェッショナルとはそう云うものだと思う。

 しかしコミュ障の匠は、計画の初期段階で既に根性によるミッションの達成を要求したがる。または、根性の発露や根性論めいた発言を望む。

 自分に任せてくれって云ったらいいんだよ!

 一見やる気に満ち溢れた決意表明に見える。いや確かに決意表明する時には「自分に任せてください」と云うだろう。しかし、困難な状況を前にしてたじろぐ事や不安を感じる事は誰にだってあるわけだ。そういった際には状況や情報を整理して打倒だと思える手段を選択しながら、最後の後押しというか気持ちをドライヴさせる意味で「自分に任せて欲しい」と云う言葉を発するのが良い気がする。

 何がなんでもとにかくやる気をみせろ、とコミュ障の匠は云いがちだ。やる気があったとしても(やる気がないのは問題外なので無視するとして)、そのやる気だけでは足りない場面が物凄く多いと云う事を知っておくべきだろう。根性だけで解決できるほど甘かねーんだ。

コミュ障の匠を相手にする時が来たら

そんなコミュ障の匠だが、相手にする時には以下の点にだけ注意していれば、概ね大きな損害を被る事はない。云ってしまえば実に簡単な対応方法がある。

  1. 過去の経験をいちいち称える
  2. 基本的に総ての発言に感心する
  3. 匠を改善しようとせず好きにやらせて必要な作業は手前に引き取る

 これだけである。これさえ実行していればコミュ障の匠はおとなしいものだ。

最後に

とまあ、こんな特徴を持つコミュ障の匠は、即刻死滅して欲しい。絶滅が望ましい。放っておいてもあと数十年で地球上から絶滅してくれそうだが、今死滅して欲しい。ジャストナウ。ま、そんな思いだ。■■