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ひっそり鰓呼吸

無軌道で無計画な徒然日記

キャラクタを扱う事

仕事柄、キャラクタを取り扱うビジネスに関わる事が多い。人が描いた単なる創作物に、人は価値を見出しあまつさえ自分の身の丈を超える程のコストを投入するものである。こんな事は人間だけなんだろうか。サルに気に入ったキャラクタの絵を見せるともっと欲しがる、なんて事があるのだろうか。

 こう云った「人にしかない特性」に無条件で有難味や特別感を感じるのはバカっぽいなと思う。人にしか出来ないから必ずしも尊い、または有意義かと云うとそうではないだろう。この場合は、人にしかない愚かさと云ってもいいのかもしれない。

 所有欲を満たす事が精神衛生上メリットがある、と云えなくもなさそうではある。しかしその代償とのバランスは、概ねいびつな気がする。

 かく云う僕も人形やスタチューなどを収集する趣味を持っている。これらは僕にとって価値があるのであって、誰も価値を感じてくれなくてもイイと思っている。一人でも全然楽しめる世界なのだ。なぜそのキャラクタが好きなのかを聴かれても理由は判らない。好きだから好きなのだ。殆どがクリーチャやモンスターの造形物である。

 人によってはこのジャンルが、美少女フィギュアだったり、アメコミアクションフィギュアだったりする。

 さてそんなキャラクタと云う商材について、あまり理解のない人間がビジネスの場に参加すると、ロクな事がない。どこまで行っても商材である事は変わりないにせよ、キャラクタの受け入れられ方やユーザの感情を無視したまま取り扱うには、あまりにデリケイトな商品だからだ。

 キャラクタを愛せないならば取り扱うな、とまでは云わないが丁寧には扱って欲しい。ユーザはそのキャラクタをまるで生きている存在であるかのように感じ愛する可能性がある、と云う事は忘れてはいけない。

 キャラクタへの愛が強すぎて奇行に走ってしまうファンをネットで見つける度に、嗚呼、いいディレクションが出来ているんだな、と思うのだった。■■