読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひっそり鰓呼吸

無軌道で無計画な徒然日記

子供であり続ける事

子を持つ事は正直諦めていた。30代後半に離縁した僕には子供がいなかった。出来なかったと云うよりは作ろうとは思っていなかった。夫婦揃ってやりたい仕事に全身全霊をかけていたし、それはそれで充実していたからだ。

時には喧嘩も必要だ

根本的に人ってやつは、他人と分かり合えない残念な存在だ、と時々思う。時々と云う云い方は誤解を招くかも知れない、正しくは毎日1回〜3回は思う。 どうやったって思考の総てを言葉で表現する事など出来ない上に、人それぞれで知能レベルが違っており持って…

非オトナ達が楽チンを運んでくる

オトナとは何だろうか。法律上の大人は20歳であるがこれは当てにならない。未成年でも充分に大人っぽい奴は居るし、40歳になっても子供っぽい奴はいる。何を持って大人と認めているのだろうか。これは人それぞれに漠然とした定義を持っている事だろう。僕の…

無敵のサラリーマン

産まれて初めてサラリーマンになって早くも1年3ヵ月が過ぎた。15ヵ月なんて一瞬の夢、光の矢、である。僕はそれなりにいい歳になるまでサラリーマンと云う立場を未経験だったのだ。

後悔と忘却の彼方

後悔は人生につきものだ。あの時にあゝ云っていればもしかしたら……。あの時どうしてあの選択をしてしまったのか……。あの時の決断がもし逆だったら今よりもっと素晴らしい未来が待っていたのか……。 後悔とはつまり、過去の自分への責任転嫁だ。決して実行出来…

無能な働き者は本当に銃殺刑にした方が良いのか?

ゼークトを知っているか。 とある国の軍人だ。僕が知っているくらいだから、さぞ有名な人物なんだろうと思う。彼の言葉に、こんな表現がある。 無能な働き者は銃殺刑にするしかない。と。 ハンス・フォン・ゼークト - Wikipedia

素養や素質ってのは徹底的な努力の先に待っている分岐点だ

素質があるとかないとか、素養があるとかないとか、人は時々云うけれど。素質がない、なんて事が本当にそんな簡単に判るものだろうか、と云う疑問を常々感じている。何度かチャレンジした結果、どうにも思ったような結果が出ない時に「ああ自分には素質がな…

会議の内容を吟味し切った後で実行したのでは遅い

会議ってのは組織の中で問題発生の温床であり、問題解決の場でもある不思議な空間、時間、だ。会議ばかりが多い会社は将来性に課題がある、などと云う言葉を目にした事もあるだろう。 実際、会議の有り様や種類、ファシリテーションのイロハなどをちゃんと体…

体臭を自覚していない人は悪認定してもイイと思うんだけどみんな正直な話どうよ

体臭ってのは人それぞれで、人種によっても典型とされる体臭は違うだろう。これは環境適応した結果なんだろうな。寒い地方で生きてきた人種はそれなりの環境適応した結果が体に表れているだろうし、暑い地方で生きてきた人種もそうした環境適応の結果が表出…

「分岐点を提示し合うだけ会議」に生産性はない、というか未来はないノ-フューチャー

分岐点を提示し合うだけの会議に生産性はない。皆無。むしろマイナス。もうね、こう云う会議ってほんっと多くてげんなり。うんざり。どんしゃり。

まだエンタメに答えを求めて消耗してるの?

小説、漫画、アニメ、映画、ゲーム。ありとあらゆるエンタメ・コンテンツに答えを求めたがる勢てーのが、どのジャンルにも居る。つまり、製作者が意図して作品に織り交ぜた、気付いた人にだけ用意された楽しみと云うか、問いかけ?みたいなものを、自分から…

コミュ障である事に無自覚で自信過剰な職人は絶滅したらいいのに

エンタメの業界に身を置いていると時々遭遇するものである。コミュ障の匠、と云うやつに。年功序列型組織の名残がまだまだ根強い日本の企業風土において、このコミュ障の匠がもたらす弊害のなんと多い事よ。

云い訳を口にした瞬間に負けが確定している

云い訳はしないほうがイイ、可能な限り。自分を正当化する為に「言葉を尽くす必要」があるのだとしたら、その正当性は恐らく誰にも納得してもらえない程度のモノだろう。人々は状況や印象や言葉から、事象の因果関係を勝手に類推するものだ。その勝手に想像…

キャラクタを扱う事

仕事柄、キャラクタを取り扱うビジネスに関わる事が多い。人が描いた単なる創作物に、人は価値を見出しあまつさえ自分の身の丈を超える程のコストを投入するものである。こんな事は人間だけなんだろうか。サルに気に入ったキャラクタの絵を見せるともっと欲…